大分県災害データアーカイブ|大分大学減災・復興デザイン教育研究センター(CERD) NHK大分放送局 × 大分大学減災
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被害【昭和21年7月大雨】日田市清水町住吉

|災害番号:004850|固有コード:00485022

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市町村
日田市

概要(被害)

【昭和21年7月大雨】二一年七月の大水害を体験した立花豊・前清水町自治会長は、住吉付近の洪水の模様を次のように記録している。
前年の二十年六月末の洪水で髪永堤防(水天宮下の水門付近)の一角が崩れ、約二、三十メートル位流失していました。終戦の混乱期のため、復旧は水路関係者と土木事務所でジャゴ(註・蛇籠・木の杭をうちこみ割り竹で輪を作り、中に石をつめこんだもの)を作り、形だけの仮堤防でした。
二十一年七月八日、田植え終了後長雨がつづき、前日から暴風雨、当日は夜明け前から暴風、雷雨となりました。朝八時前ごろから水量が増し、仮堤防のジャゴもなんのその、見るうちにしぶきが飛びあがり始めたと思うと、一気に水量が増し、この時藤山方面の流失家屋の木材・家具類などが重なりあって、一直線に住吉めがけて、怒濤の勢いで襲いかかりました。
濁流は田畑を洗い、「住吉前」が花月川の本流と化し、大きな材木が黒い水流にあおられながら、正面の広瀬久彦氏宅、立花宅(註・豊氏宅)、諫山国男氏宅に、瀬をたて音をたてて突進、材木の流木が多く、家に激突するのを防ぐのに命がけで、体にロープを巻き、除去に懸命でした。
洪水が仮堤防を越すとき、だれかが大声で「堤防が切れたぞう」とどなった声が、大雨が降ると、上の方を見ながら今でも思い出します。
堤防は、まず水流が真正面に当たる水門付近から崩れだし、水天宮、弘法大師堂とつぎつぎに根元から流失が始まり、この時水天宮の石碑も見えなくなり水没、川底に埋まったものでしょう。
ついで、諫山鼎三氏宅の三連式瓦焼窯と小屋が流失、もうこのとき住吉一円は大海原と化し、諫山尊士氏宅は低地のため、軒先まで水没し被害甚大でした。外の住家は床上十~二十センチも浸水し、畳をあげるのが大変、ここまでは―と思ったのがつぎつぎと増水し、手のつけようもありません。
幸い住吉全体に人畜には被害がなかったのですが、家屋の水浸はあと始末が大変、田畑は見るかげもない荒涼たる石の川原と化し、何日も何年も整地に時間と労力をついやし、いまだ砂地の田が多い状況であります。
当時一番困ったのは飲料水、井戸は昔の手押しで、しかも泥水が入り、薪も流失、ガスもまだない時代で、米も麦も水没、履きものも流され、床下のアズ(註・洪水のあとに残った泥)撤去にまた一苦労でした。親戚の方々から差し入れがあり、薪まで持参してもらった嬉しいことを忘れられません。

【出典:三花風土記(1994)】

災害概要

7日夜来の大雨により県西部及び北部の各河川は増水氾濫し、下毛郡日田郡一帯では水害をみた。中津市附近(山国川氾濫、家屋浸水1400戸、家畜流失2匹、県道一部決潰、このほか田畑浸水、仮橋流失など続出)日田市附近(家屋流失13戸、浸水家屋1700戸、田畑浸水160町歩その他橋梁流失2件を出した)(大分合同新聞記事)

【出典:大分県災害誌 資料篇(1952)】

昭和二十一年七月七日夜半の豪雨は小野川、花月川が刻々増水し八日遂に両川は氾濫して小野村、大字花月、三花、光岡、豆田方面に被害を及ぼした。

【出典:日田水害誌(池田範六,1950)】

【昭和21年7月大雨】

【出典:1946/7/7 15:00の天気図】

災害データ

最低気圧
-
最低気圧観測地
-
最低気圧観測日時
-
最大風速の風向
-
最大風速
-
最大風速の観測地
-
最大風速の観測日時
-
累積最大降水量
230.1ミリ
累積最大降水量観測地
日田
日最大降水量
214ミリ
日最大降水量観測地
日田
最大日降水量の観測年月日
1946/7/8
最大1時間降水量
-
最大1時間降水量の観測地
-
最大1時間降水量の観測年月日時間
-
死者・行方不明者数
-
負傷者数
-
住家全壊/全焼数
13戸(棟)
住家半壊/半焼数
戸(棟)
住家一部損壊数
-
床上浸水数
-
床下浸水数
3100戸(棟)
道路被害 ※事前通行規制は除く
-
橋梁被害
2か所
山・崖崩れ
-
被害総額
-

主な被害

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【昭和21年7月大雨】堤防が決壊した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】堤防が決壊した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】堤防が決壊した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】堤防が決壊した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】橋が流失した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】橋が半壊した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】橋が半壊した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】堤防が決壊した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】橋が流失した。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

【昭和21年7月大雨】被害が特に大きかった。

【出典:日田水害誌(1955)】

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