被害【明治33年7月大雨】豊後水道
|災害番号:002422|固有コード:00242202
概要(被害)
北海部郡海部村津留の村民はイワシ刺し網漁のため、20艘の漁船に乗り込み7月7日の夜、同郡保戸島の南方およそ5里の沖合に出漁中、にわかに颶風が起きたので、全員狼狽し、各々櫓を押し立てて帰途に就き、そのうち14艘は辛うじて帰村することができたが、残りのうち4艘は保戸島南岸の岩石に触れ、船は見る間に微塵に破壊され、その途端に乗組員の1人は右頬に1寸余りの傷を受け、1人は船と岩との間に手を詰め2名の負傷者があったものの、他のものが尽力しすくい上げ保戸島村で応急の手術を施した。また最初に帰った14艘の者たちは急を村内に告げ、今度は強壮の若者のみ67人を選び、4艘の船に乗らせ、救助のために保戸島方面に向かい始めたが、同村では前記4艘の行方は探し得たが、なお残り2艘の乗組員12人は行く先がわからず、よって大いに心配し、ほうぼうに手を回し捜索に従事させたが、翌日もなお行方はわからず、愁傷して帰村したが、去る9日右2艘の船は愛媛県宇和島より無事に帰ったので、家族だけでなく、村民皆非常に喜んだという。
【出典:豊州新報 明治33年7月12日】
災害概要
7月4日から雨が降り続き、6日に6〜7尺(180〜210センチ)、9日に6〜7尺(180〜210センチ)の増水となり、三隈川と花月川では2人の溺死を出した。15日には銭渕の水量標で7尺8寸5分(298センチほど)の最大値を観測、佐賀県道(現在の国道386号線)では数十か所の崩壊があり、津江方面でも同様に増水し、溺死した人がいた。
【出典:日田水害誌(池田範六,1950)】
災害データ
- 最低気圧
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- 最低気圧観測地
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- 最低気圧観測日時
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- 最大風速の風向
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- 最大風速
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- 最大風速の観測地
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- 最大風速の観測日時
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- 累積最大降水量
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- 累積最大降水量観測地
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- 日最大降水量
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- 日最大降水量観測地
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- 最大日降水量の観測年月日
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- 最大1時間降水量
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- 最大1時間降水量の観測地
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- 最大1時間降水量の観測年月日時間
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- 死者・行方不明者数
- 2人
- 負傷者数
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- 住家全壊/全焼数
- 戸(棟)
- 住家半壊/半焼数
- 戸(棟)
- 住家一部損壊数
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- 床上浸水数
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- 床下浸水数
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- 道路被害 ※事前通行規制は除く
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- 橋梁被害
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- 山・崖崩れ
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- 被害総額
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